焦げたビスケット

ベタな話と言えば、それまでですが、個人的にあまり実践できていないなと思うことだったので紹介します。原題は「Burned Biscuits」です。

I Burned My Biscuits!!!
spike55151 / Foter.com / CC BY-NC-SA

「焦げたビスケット」

私がまだ少年だった頃、
母は時折、夕食に朝食のメニューを出すのが好きだった。
そして、母がとても長くキツイ仕事の後に朝食を用意した、ある日の夜の事をよく覚えている。

その夜はもうずっと前の事だが、母は卵とソーセージとひどく焦げたビスケットを乗せたお皿を父の前に置いた。私は誰かが気づくかどうかをじっと見ていたのを覚えている。

でも、父がしたことは、ビスケットに手を伸ばし、母に微笑みかけ、私に学校でどうだったか問いかけただけだった。その夜、私がなんて答えたかは覚えていないけれど、父がそのビスケットにバターとゼリーを塗って、一口残さず食べたのは決して忘れられない。

その夜、テーブルから立ったとき、
母が父に焦がしたビスケットのことで謝っていたのを覚えている。

そして父がこう言ったのを決して忘れないだろう。
「いいんだよ、僕は焦げ目のあるビスケットが好きなんだ。」

その夜の後で、私は父におやすみなさいのキスをして、本当に焦げたビスケットが好きなのか尋ねた。
父は私をその腕に抱きしめて言った。

「お母さんは今日とても仕事がきつかったんだ。そして本当に疲れていたんだよ。それにね、少しくらい焦げたビスケットが誰かを傷つけたりはしないんだよ。」

—————-

人生は不完全なことと、そして不完全な人とで満ちている。
私は最高のハウスキーパーでもなければ、最高の料理人でもない。

長年かけて私が学んできたことは、
互いのミスを受け入れること、そして互いの違いを尊重することは、快活で長続きする関係性作りにとって最も重要なことだということ。

そして、今日あなたのために祈ることは、善いことも、悪いことも、人生の醜い部分も、神の足元に置くこと…
なぜなら結局のところ、焦げたビスケットが互いに仲たがいさせないようにする唯一の存在は、神だからです。

‐作者不明‐

私も育児をするうえで、夫婦間でケンカになることもしばしばあります。
育児とはそれほど甘くはないし、時には親を追い詰めるような状況をもたらします。
そんなとき、大体の原因はお互いの不完全さや違いを受け入れられなかったりすることだったりします。

シンプルなストーリーでしたが、とても大切な姿勢がこの中にはあると思います。互いに受け入れられず、争うことは神様にとっても私たちにとっても損なことが多いです。

何か思うところがあったら、神の足元に置いてみましょう。
きっと解決の糸口が見えてくるはずです。

※このほかにも執事の話シリーズを書いていますので、是非ご覧ください。

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