人生を生きる上で、私たちはいつもしなくてもいい心配をするものです。
今日は、そういう心配から自由になれるちょとしたヒントになる文章を紹介します。原題のタイトルは「Two Days We Should Not Worry」です。
「心配すべきでない二つの日」
毎週、私たちが心配すべきでない二つの日がある。
その二日は怖れや不安から一切自由にになるべきだ。
この二つのうちのひとつは、「昨日」。
たとえあらゆる過ちと気掛かりがあっても、落ち度や失敗があっても、痛みや苦痛があっても。
昨日はもう過ぎ去っていて、私たちが何かすることはできない。
全世界のお金を集めても、昨日を取り戻すことは出来ない。
私たちがおこなった、たった一つの事でもやり直しできないし、
私たちが言った、たった一つの言葉でも消すことは出来ない。
昨日は永遠に過ぎ去ったのだ。
決して心配すべきでないもう一日は、「明日」。
あらゆる逆境や重荷や、大きな見通しや乏しい結果があったとしても、明日もまた、今すぐ何かすることはできないのだ。
明日もまた日は昇る。
素晴らしい輝きであっても、雲の後ろに隠れていても、日は昇るのだ。
そうなるまで、私たちは明日に賭けることは出来ない。
それは、まだ起こっていないのだから。
これで一日だけ残ったのは、「今日」。
誰でも一日だけ、人生を闘うことができる。
誰もが付加するその二つのすさまじい永遠の重荷「昨日」と「明日」こそが私たちを打ち崩すのだ。
人を狂わせるのは今日の経験ではない。
昨日起きたことに対する自責の念や苦みと、明日もたらされるかもしれない不安だ。
それだから、私たちは一度に一日を生きようではないか。
‐作者不明‐
いかがだったでしょうか。
聖書にも明日のことを思いわずらうなとありますが、確かに私たちは過去のことをひこずって、あぁすれば良かったとか、たら、れば、を繰り返してしまうものです。過去のことは永遠に変えることはできないのだから、今日という一日に最善を尽くして生きましょう。
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