聖句と名画でつづるイエス・キリストの生涯

イエス・キリストの生涯を記す文章としてマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの4福音書がありますが、共通の記述もあれば、各々で特有のものもあり、時系列になかなか理解に困るときもあります。
jesus
(※画像提供:キリスト教福音宣教会
とりあえず、有名どころの聖句を名画と共に紹介してある動画をシェアします。

http://www.youtube.com/watch?v=-VE3v1g4a0k

動画で使用されている聖句を、テキストでも記載します。

生誕

マタイ1章21節

彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。

ルカ2章10-11節

御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。
きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。

成長

ルカ2章40節

幼な子は、ますます成長して強くなり、知恵に満ち、そして神の恵みがその上にあった。

ルカ2章46-47節

そして三日の後に、イエスが宮の中で教師たちのまん中にすわって、彼らの話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。
聞く人々はみな、イエスの賢さやその答に驚嘆していた。

召命・布教

ルカ3章21-22節

さて、民衆がみなバプテスマを受けたとき、イエスもバプテスマを受けて祈っておられると、天が開けて、
聖霊がはとのような姿をとってイエスの上に下り、そして天から声がした、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」。

マルコ1章16-17節

さて、イエスはガリラヤの海べを歩いて行かれ、シモンとシモンの兄弟アンデレとが、海で網を打っているのをごらんになった。彼らは漁師であった。
イエスは彼らに言われた、「わたしについてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう」。

ヨハネ4章13-14節

イエスは女に答えて言われた、「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。
しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。

マタイ5章17節~18節

わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するためにきたのである。
よく言っておく。天地が滅び行くまでは、律法の一点、一画もすたることはなく、ことごとく全うされるのである。

癒し・御業

マタイ8章2-3節

すると、そのとき、ひとりのらい病人がイエスのところにきて、ひれ伏して言った、「主よ、みこころでしたら、きよめていただけるのですが」。
イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「そうしてあげよう、きよくなれ」と言われた。すると、らい病は直ちにきよめられた。

マルコ8章23-25節

イエスはこの盲人の手をとって、村の外に連れ出し、その両方の目につばきをつけ、両手を彼に当てて、「何か見えるか」と尋ねられた。
すると彼は顔を上げて言った、「人が見えます。木のように見えます。歩いているようです」。
それから、イエスが再び目の上に両手を当てられると、盲人は見つめているうちに、なおってきて、すべてのものがはっきりと見えだした。

マタイ6章33-34節

まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。
だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。

マタイ8章25-26節

そこで弟子たちはみそばに寄ってきてイエスを起し、「主よ、お助けください、わたしたちは死にそうです」と言った。
するとイエスは彼らに言われた、「なぜこわがるのか、信仰の薄い者たちよ」。それから起きあがって、風と海とをおしかりになると、大なぎになった。

マタイ22章36-38節

「先生、律法の中で、どのいましめがいちばん大切なのですか」。
イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。
これがいちばん大切な、第一のいましめである。

ヨハネ10章11節

わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる。

マタイ10章7-8節

行って、『天国が近づいた』と宣べ伝えよ。
病人をいやし、死人をよみがえらせ、らい病人をきよめ、悪霊を追い出せ。ただで受けたのだから、ただで与えるがよい。

苦悩

ルカ13章34節

ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人々を石で打ち殺す者よ。ちょうどめんどりが翼の下にひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応じようとしなかった。

ルカ19章38-40節

「主の御名によってきたる王に、祝福あれ。天には平和、いと高きところには栄光あれ」。
ところが、群衆の中にいたあるパリサイ人たちがイエスに言った、「先生、あなたの弟子たちをおしかり下さい」。
答えて言われた、「あなたがたに言うが、もしこの人たちが黙れば、石が叫ぶであろう」。

ルカ19章45-46節

それから宮にはいり、商売人たちを追い出しはじめて、
彼らに言われた、「『わが家は祈の家であるべきだ』と書いてあるのに、あなたがたはそれを盗賊の巣にしてしまった」。

マタイ26章12-13節

この女がわたしのからだにこの香油を注いだのは、わたしの葬りの用意をするためである。
よく聞きなさい。全世界のどこででも、この福音が宣べ伝えられる所では、この女のした事も記念として語られるであろう」。

ヨハネ13章19-20節

そのことがまだ起らない今のうちに、あなたがたに言っておく。いよいよ事が起ったとき、わたしがそれであることを、あなたがたが信じるためである。
よくよくあなたがたに言っておく。わたしがつかわす者を受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。わたしを受けいれる者は、わたしをつかわされたかたを、受けいれるのである」。

ルカ22章42節

「父よ、みこころならば、どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころが成るようにしてください」。

裁判

ヨハネ18章37節

そこでピラトはイエスに言った、「それでは、あなたは王なのだな」。イエスは答えられた、「あなたの言うとおり、わたしは王である。わたしは真理についてあかしをするために生れ、また、そのためにこの世にきたのである。だれでも真理につく者は、わたしの声に耳を傾ける」。

ルカ22章61-62節

主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは、「きょう、鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われた主のお言葉を思い出した。
そして外へ出て、激しく泣いた。

マタイ27章27-29節

十字架

それから総督の兵士たちは、イエスを官邸に連れて行って、全部隊をイエスのまわりに集めた。
そしてその上着をぬがせて、赤い外套を着せ、
また、いばらで冠を編んでその頭にかぶらせ、右の手には葦の棒を持たせ、それからその前にひざまずき、嘲弄して、「ユダヤ人の王、ばんざい」と言った。

ルカ23章34節

そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。

ルカ23章46節

そのとき、イエスは声高く叫んで言われた、「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」。こう言ってついに息を引きとられた。

復活

マタイ28章5-7節

この御使は女たちにむかって言った、「恐れることはない。あなたがたが十字架におかかりになったイエスを捜していることは、わたしにわかっているが、
もうここにはおられない。かねて言われたとおりに、よみがえられたのである。さあ、イエスが納められていた場所をごらんなさい。
そして、急いで行って、弟子たちにこう伝えなさい、『イエスは死人の中からよみがえられた。見よ、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。そこでお会いできるであろう』。あなたがたに、これだけ言っておく」。

使徒行伝1章11節

言った、「ガリラヤの人たちよ、なぜ天を仰いで立っているのか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになるであろう」。

ヨハネ21章25節

イエスのなさったことは、このほかにまだ数多くある。もしいちいち書きつけるならば、世界もその書かれた文書を収めきれないであろうと思う。

この通りの時系列ではないかもしれませんが、それなりに順を追って物語になっています。
動画で見ると感じ入るものがありました。


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